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世界

神様がいるとして


もし私は皆が平等になるようにするだと
公約に掲げて神様になったのだとしたら



私は嘘つきだと怒鳴り散らしてやるよ

嘘を撤回しろと
殴りかかってやるよ




なりたいものに
なれない悔しさ




全てにお部屋が付き纏い




私は私でなくなった




暗やみの中で

親友が呼んでいる




無視出来ない位
大きな声で呼んでいる




抱いてあげるよと





お部屋なんて
目指さなければ良かった




もっと
楽なミチなはずなのにね




哀しいね

comment

No title

今日は由羽様が言われた過激なことに反応し、
また一方で共感も覚えながらで、長くなります。
ご不快かもしれません。
この先私が書けることは限られている
と思うので、もう構わない・・・
>神様がいるとして
>もし私は皆が平等になるようにするだと
>公約に掲げて神様になったのだとしたら
>私は嘘つきだと怒鳴り散らしてやるよ
>嘘を撤回しろと
>殴りかかってやるよ
私は教会に行かない逸れ者ですが、
まだ一応クリスチャンのつもりでいるので
「怒鳴り散らして」「殴りかかって」
とは私は言えません。というのは
私は神様に敵わないと降参しているからです。
私は神様を恐れています。
この場合の「恐れ」は「畏怖」と「恐怖」両方です。
「偉大な神の前に畏まる」のであっても、同時に
「神様は怖い」ので、あまりお近づきになりたくない
という気持ちがあります。
私は神様を信じることで
私が存在することについて
精神の小康を得ることがありますが、
といっても私が神様を信じることで
「ハッピーで、感謝、感謝です」とは言えません。
>なりたいものに
>なれない悔しさ
由羽様がどのような人生を歩んでこられたか
私は知りようもありませんが、
私は私で上の2行について
嫌というほど味わってきました。
キリスト教でよく言われる言葉を少し挙げてみます。
「神の下にすべての人は平等」「神との和解」
「神様は私を守ってくださいます」
これらは皆「神の定める基準」において
言えるのでしょうけれど、その「基準」を
人は知りえません。そして
人にとっては「今生きている人生」が
一度きりの「すべて」なのです。
「平等」も「守ってくれる」も、
少なくとも私としては、祈り願うけれど、
そう思えない私がいることを否めません。
それでも「喜びをも悲しみをも与えたまう」
神なのだから感謝と言う人もいるかもしれませんが、
それは私には教義のために無理に力んでいる
ように思われてなりません。でも希望として私は
「神との和解によって自分が生きていることと
和解する」ことを願ってはいます。さて
神や聖霊と一緒に三位一体と言われ、
それを私はよく分からないのですが、
イエスについて
(普通は私も「様」「主」「キリスト」
を付けて呼びますが、それは信仰者同士でしか
通用しない呼び方なので、ここでは付けません)
由羽様はどう思っておられるでしょうか。
「十字架による贖罪」私は罪というものを考えるので
これを否定しませんが、しつこく教義として
「だから感謝・讃美」を繰り返されると辟易とします。
「病人を癒した等々の奇跡」「肉体の復活」
これらを私は否定も肯定もしていません。
少なくとも私の信仰の核心ではありません。
イエスという人はその言動によって一時期
民衆にもてはやされたけれど、最後には
民衆にも弟子にも裏切られ、先の目処も立たないまま、
絶対孤独の中で「何故私を見捨てるのですか」と
神に叫んで、抵抗もせずに磔になって死んだ人です。
私の信仰はこのイエスに縁付いてしまうことで
始まっています。私にとって
神様は絶対者として怖い存在です。
イエスは、より人間的で情緒的に身近に感じます。
参考になるかどうか分かりませんが、昔書いた
宗教詩のような変な文章、今日は題名付きで・・・
私の想像・イメージに過ぎません。


 「呪いの丘」

晴れた日の光をいっぱいに浴びて
洗礼を受けたばかりの若者が
翌日落雷に打たれて死んだ
しばらくは指が動いていたという
つり上がった目が空をにらんでいたという

彼が死んだその丘は
その後長きにわたって呪いの丘とされ
ある者は悪魔を恐れるように神を恐れ
ある者は笑いながら
あるいは泣きながら歩み去った

人々は
その事件について口にするのをはばかり
最初たてられた十字架は
何者かによって倒された

誰も訪れることのない
その丘に
血まみれのキリストだけが
息もたえだえに祈りを捧げている


 「臨終」

見ている
多くの顔が
眠ろうとする信徒の
最後の告白を聞くために そして

賛美の言葉の一つも出ようものなら
久しく流さなかった涙を
その時には浮かべてもよいと

 期待するものと
 期待されるものの間で
 つり上げられた信仰が
 病気の小魚のように
 しずかに はねた

彼の不幸はついに
思い出に変わることはなかった
もはやどのような約束をもってしても
過去も未来も変えることはできない そう
人生は一度だ

「わが生まれた日は滅び失せよ
 幼子が胎に宿った
 と言われた夜もそのようになれ
 わが愛する人々は遠く去れ
 二度と私を見ないように」

去る者と
残る者との間の
凍った段差の裂け目から
音もなく
転げ落ちていったものがある

こうして
全く別の涙は流され
人々は蒼ざめて去り

彼を見つめる基督と
顔を背ける彼が残った

-------------------------------
何となく私が教会という集団に
馴染めなかった理由に近いものが
表れている感じですが・・・
2番目の最後の「彼」と「キリスト」が
その後どうなるかについて私は書けません。

今日は少し詳しく書きたい気持ちになりました。
乏しい知識で考えてみました。私の思考ですから、
まとまってはいないと思います。また念のため
申し上げますが、あくまで私の信仰ですから
キリスト教信仰を代表するものでもありません。
由羽様にとっては説教めいて
嫌気が差したかもしれません。
今もなお私は信仰と不信仰と背教の崖っ縁の
ギリギリをさまよっている逸れ者です。

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プロフィール

由羽

Author:由羽
由羽(ゆう)です。
想ったことを想いのままに書きます。

由羽の心のなかよ。
どうぞ。
興味津々で覗いてください。
そしてそこのあなたは今何を想いましたか?

その一瞬の考える「間」
そのとき、きっと私とあなたは出会った意味があったのですね。


これが私の世界観。

うお座のB型

好きな食べ物
カニクリームコロッケ
嫌いな食べ物
しいたけ
好きなサックス奏者
ジャンイブフルモー
好きな俳優
美輪明宏
好きなアーティスト
浜崎あゆみ
好きな芸能人
木村拓哉
尊敬する人
浜崎あゆみ

尊敬する理由
自分をしっかり持って生きているから

好きな音楽
エルザの大聖堂への行進:ワーグナー
蝶々夫人:プッチーニ
ダフニスとクローエ:ラヴェル
ダッタン人の踊り:ボロディン
スペイン狂詩曲:ラヴェル
ローマの3部作:レスピーギ
海の男たちの歌:スミス
カンタベリーコラール:ロースト
ブラームスの1番
青銅の騎士:グリエール
剣の舞:ハチャトゥリアン
巨人:マーラー
大地讃頌
HAPPY ENDING:浜崎あゆみ
A Song for xx:浜崎あゆみ
No way to say:浜崎あゆみ
M:浜崎あゆみ
というか浜崎あゆみほぼ全部(笑)

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